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奔放なようで実はしっかりと計画的に書かれた文章が好きだ。
小川のこの小説は、まさにそのように書かれている。

小説家の”私”は、取材旅行やいろいろな場所にでかけたことを日記に記している。苔料理専門店でルーペを覗きながら様々な苔を食べ、小学校の運動会にまぎれ込み、健康スパランドで温泉に浸かり、盆栽フェスティバルを観に行き、病院にお見舞いに行き、現代アートのツアーに参加する……。そのどれもがリアリティを持った”異質さ”で、決して”私”と読者が同じ世界に暮らしているということを意識させない。”私”は”私”として、小説の中で生活を続ける。日記の最後には必ず原稿の進捗が書いてあり、そのほとんどが「原稿零枚」とある。

文庫の後ろの解説を全く読まずに手に取ったので、エッセイかな? と思いながらページをめくっていた。すると「苔料理専門店」という謎の記述で「え!?」となり、慌てて後ろの解説文を読んだ。ああ、エッセイや日記に似せた長編小説だったのか。なるほど、と得心して、今度は安心して小川の描く奇妙な日常に心を委ねた。
私も暗誦は得意な子供だったのだが、その能力が活かされたことはほとんど無い。主人公の”私”は、その暗誦が得意なことが「あらすじ係」としての素地になっていたのでは、と推測する。
あらすじ係の仕事は楽しそうだな、と思いながら読んでいると、Z先生という小説の大家にあらすじを依頼されるシーンが登場する。Z先生と”私”の間にある、ゆるやかな、過不足のない、すりきりした軽量匙のような整った空気までもが目の前に出現する。小川の文章の美しさは、沈黙と空気の停滞にある。空気は流れるものであるが、小川はそれを意図的に停滞させることがうまい。そうすることで、読み手の脳に空間を作り出し、その空間で映像が浮かぶ仕掛けになっている。
その仕掛けは運動会で、病院の新生児室の前で、パーティ会場で、様々な場所で空間を作り出す。最後のページをめくっても、”私”の日常がまだ続いていることを意識するのはこの手法のせいに他ならない。停滞によって流れを作るとは、高度なテクニックである。
ラストには小川自身の日記も載っており、”私”と小川の違いがはっきりと認識できる。
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