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文庫じゃない単行本の時に図書館で借りた作品。その時の記事はこちら
http://kagenokemono.blog51.fc2.com/blog-entry-598.html


で、文庫になったので購入した。単行本の時に付いていた「もうずっと前から義兄のことが好きだったーー。」というセンセーショナルな帯こそなかったが、懐かしい気持ちと再読して新しく気づいた感情の動きなどを記したいと強く思った。
まず、これは「少年愛を描く文学者」である長野まゆみが描く「BL小説」だということだ。少年愛を描いた文学者は代表的な人物をあげると稲垣足穂などがいるが、彼らは古代ギリシャの人々のごとく、愛を捧げるのにふさわしいのは神にも等しい存在の「少年」、というポジションで愛を語った。長野も初期は確実にそういう作家であった。
が、解説を読んでいて全くだと同意してしまったのだ。そうだこれはBLの技法で書かれている!
まず、人物は全てが匿名性を帯び、さらに属性がはっきりとしている。最後まで貫くのが主人公の義兄に対する愛、というのも如何にも一途なワンコ受け系だ。さらに主人公は会社で汚れ役を引き受けそれを享受している、でも社内ではじつはその系統の男には恋心を抱かれている「鈍感系誘い受け」。なんともなんとも……さらにはレイプ未遂や不意打ちキスシーンまである。しかもそれら全てが恋をしている義兄ではなく、別の男。
義兄は義兄で、中盤までその全容が出てこない。完璧超人として描かれ、その癖俗世的な小説を好み、トラブルの背景を推理すると三文芝居のプロットのようになってしまう。姉を愛し、クールだが義弟に優しい。義弟の気持ちに気づいているかは怪しいが、おそらく知っているだろうと主人公も思っている。
2000年代に流行った「攻め」を文章化したような男性なのだ。
これが同人誌やBL作品ならば、ここで「俺もお前の気持ちに気づいてた…」と帯のセリフに返して押し倒すところなのだが、そこがそうはいかないのが長野作品なのである。
思うに、恋愛というものは別れたり死別したりすればそこでぷつりと途切れるものではなく、気持ちのどこかでずっと続いていくものではないだろうか。その部分が長野に結末を書かせない。もう読者の想像に委ねてしまう。が、この連作により一話目の「傘をどうぞ」から最後の「傘どろぼう」までで、義兄と主人公の距離感も理解し、お互いの気持ちも察した読者はもうそれだけで満足できる。あとは脳内で二次創作すればいいだけなのだ。
この作品は長野の初期作品と違い、かな遣いも独特ではなく、とっつきやすいタイトルに文体だ。それをわざわざBLの手法で「自分の文学」を描くところに、作者の気骨が見える。
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