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”泣ける”話を集めた短編集である。
正直感動ものをいくつも続けて読むのは好きじゃないのだが、この短編たちは基本的に大きな事柄が連続しておきないのがいい。心が疲れない。

『約束』
池田小学校の事件を元に、石田が「なにかできないか」と思って書いたという話。主人公のカンタは、親友のヨウジを目の前で通り魔に殺されてしまう。カンタがいかにヨウジを大切な友人として誇りに思っていたか、なぜ死んだのが自分ではなくてなんでもできるヨウジだったのか、ヨウジが死んでこれから先自分が生きていくことに意味はあるのか。様々な理不尽と疑問に小学生が全身で考え、未来をみつける話。結構ワンダーな話なのだが、それをうまいこと読ませてしまっているのが石田の筆力だなあと思う。

『青いエグジット』
片足をなくし引きこもりになった青年の父親が主人公。家族で久しぶりにでかけた先で、青年は自分と同じく片足のないダイバーが潜水しているポスターをみつける。そしてそのままダイビングスクールへ通うことに”勝手に”決定してしまう。身体障害者でも、水の中では自由だということを知ったからだ。父親は息子のために多額の金を使い、仕事も研修センターに回され、これから先自分の人生にいいことなどひとつも待っていないことを知っている。それでも家族のために、何かをやりたいと久しぶりに意欲を出した息子のために、ダイビングスクールへ通わせる決意をする。
心が拗ねた時に読みたい作品だ。青年はどこかで自分の人生の軌道修正をしたがっていて、父親は人生というものが自分にこれから先どれだけの悪意をみせるのかある意味楽しみにしている。そんな”家族”というだけで繋がっている二人の、本当に心が通い合うシーンを描いた作品。

『天国のベル』
突発性難聴になった息子とその妹を抱え、ひとりで子供を育てている母親を主人公にした作品。旦那は不倫の果てに心中のような形で事故で死んでいる。息子が「耳が聞こえない」と言い出す朝のシーンから、「心因性のものかもしれません」と言われ心療内科に行くシーン。ここは私の経験も重なり、かなりリアルに書かれているなと思った。さらにそこで出会った心因性失声症の少女とその親と交流を持ち、ふた家族で別荘に行き驚きの結果が待っている部分は、「くそう、これで感動しないはずがないだろう!」といった感じ。そうなんだよなあ、伝えたいことがある時ほど声は出ないし、聞きたいものが多すぎるとシャットダウンしてしまうんだよなあ。

『冬のライダー』
感動ものではあるけれど、涙はここでちょっと小休止。高校になってモトクロスにはまった少年が、その練習風景をいつも見ている女性からアドバイスをもらい成長する話。女性自身も高校生にアドバイスを続けることで、人生をまた一歩先に進める。
バイク関係はまったく詳しくない私だが、読んでいて自然に頭にはいってきたし、レースのシーンもくどくなくあっさりともしておらず読みやすかった。

『夕日へ続く道』
内容に詳しく触れるのはやめようと思う。主人公は「皆同じ服を着て同じ食器でご飯を食べて同じ方向に座っているのが疑問」だという、不登校気味の中学生だ。私の知人にも同じ症状で普通の高校に通えず定時制に通った子がいる。
日本の義務教育というのは本当に不思議で、型から外れることを極端に嫌う。義務というぐらいだから子供がすすんで好みながら勉強しているとは限らないのに、そこからこぼれた人間を世間は一般人だとはみなさない。マイノリティーとして生きて行けと突き放す。そして、そうなってしまったが最後、多くの人が想像する”普通”の生活は、まず送れない。
別に学校を私服にしろとか給食じゃなくて弁当にしろとかそういう話ではない。日本社会はマイノリティーに厳しすぎるという話なのだ。ベルトコンベアのように流れていく”普通”という規格から弾かれた規格外の人間は、なにか後ろ暗いものを抱えながらその後の人生を歩むことになる。それは社会全体として決していいことではないはずなのに、なぜかそうなっている。マイノリティーをマジョリティーにすればいいという話でもなく、その規格に弾かれた人間もいつかは”普通”の人生が、もしくはもっと幸せな別の道が歩める社会になるべきだと常々思う。

『ひとり桜』
風景写真家の主人公と、その主人公が撮った桜に励まされた夫を亡くした女の話。
「こんなことに利用してしまって申し訳ない」と謝る女は、実はしたたかである。人を利用してまで自分の人生のマス目を進めようとするのだから。そしてそれだけで終わらせないのが石田衣良である。ちゃんとその先の人生の、もちろん写真家との未来を予感させる終わり方を残してくれる。涙がこぼれるような感動作ではないが、胸がどこかじーんとする話だ。

『ハートストーン』
この話をラストに持ってくるのは、ずるい。
小学生の男の子が脳腫瘍で手術を受けることになる。夫婦は戸惑い、祖父母は悲しむ。そして、祖父は孫との思い出のつまったハート形の石をずっと握り締めて、孫が回復することを祈り、心臓発作で亡くなる。
人生には”もうこれ以上の底はない”と思っている時に、さらなる不幸が訪れる時がある。それがこの話の中で如実に語られる。しかし、その底が二重になっていようが三重になっていようが、底は底なのである。いつかは登れるのだ。
難病もので家族もので……というてんこもりの短編で、最後まで涙腺を絞り上げるのであった。
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