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長野まゆみの短編集。基本的には家族をテーマに書かれている。

「雪鹿子」
夫を亡くした従姉妹が、家で猫を飼い始めたという。彼女の猫嫌いは音に聞こえるほどだったので、訝しんで自宅に行くと、そこには線の細い少年がいた。彼女は少年を「猫」と呼び、一緒に暮らしているのだ。
その日から少年と従姉妹と自分の奇妙な関係が始まる。

タイミングを失う人、というのは、それが常時であることが多い。
寡黙だったり、慈しみ深かったり、わがままだったり。
お互いのタイミングを逃した男女の切ない終着点。

「上海少年」
港の市で声をかけてきた大人(ダーレン)。少年に色々と品物を売ろうとするが、少年は乗り気では無い。タバコを勧められてようやく購入すると、どこか懐かしい風が港から吹いた。上海の匂いだ。
少年の兄は、今は上海を離れてどこかにいるのだろうか。哀愁の漂う作品。

表題作になったのが頷けるほどに、美しい話だった。
子供が大人のように振舞わなければいけない場面というのは実は多く、それが少年や少女の精神を蝕んでいることに大人は気づかない。救いをなくした者は次のチャンスを執拗に待たなければならず、それが訪れること自体が僥倖なのである。

「満天星」
主人公は父親と二人きりの家族だが、父の要は年若い女のところに転がり込み、少年の養育すらままならない。
そのため少年は不良少年のように小遣いを得るため、身なりのいいおばさんに声をかけて作った身の上話を聞かせ、小銭を得る。
たまたまその日ひっかけた女性が、少年も思いもよらない展開へと導く。

ラストの数行を読んで、「ああ、このあと少年はどうするんだろうな、父親はどうするんだろうな」と想像させられる小説。

「幕間」
入り組んだ小路に建っている少女の家へ、一人の少年が現れる。道に迷ったというので案内してやると、突然に彼は自分の名前を告げる。それは生き別れた弟の名前であった。
少女の父が監督する舞台の稽古場に、少年は再度現れた。少女と少年で恋人同士の役を演じるのだ。姉と弟が恋人を演じるという現実の奇妙さと、惹かれていってしまう自分に少女は戸惑う。

話が二転三転して、最後の締めで「おお、こう持って行ったか…」と感慨深くなる。演劇という舞台設定が非常にうまく作用しており、時代背景も素晴らしい。

「白昼堂々」
主人公は高熱を出して、高校への進級試験を欠席してしまう。熱が冷めて床からあがると、祖母がとんでもないことを告げる。なんと従姉妹が代わりに試験を受けたというのだ。主人公の通っている学校は男子校で、従姉妹は長い髪を自慢にしていた。ばっさりと髪を切った彼女は主人公に、「試験を代わりに受けてあげた恩返しとして美術館の監視係をして」と告げる。女装して向かったそこには、従姉妹とおそらくただならぬ関係である男性がやってきたのだった。

長野まゆみは少年の愛を書いてこそだなあと思わされる一作。とにかくうまい。
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