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小一時間で読み終わってしまうこの小説の中には、文学の基本形と言葉の美しさが詰まっている。
アリスと蜜蜂は夜の校舎に蜜蜂の飼い犬耳丸とともに侵入する。
理科室では、なにやら奇妙な授業が行われていて、二人は身を隠すがアリスがつかまってしまう。
アリスは何の気なしにポケットに入れていた石膏の卵のせいで、彼らの一員と認識されてしまい、一晩中謎の授業を受けることになる。

長野作品にはどことなく澁澤龍彦と宮沢賢治の匂いがする。
澁澤はその耽美さを、宮沢はその静謐さを長野にもたらしたというところだろうか。
澁澤については知らないが、長野は宮沢賢治については特別な思い入れがあるようだ。それは彼女の「カムパネルラ」という作品を読めばわかる。
つまり、少年性を含んだ文学なのである。
そしてそれは硬質で球形をしている完全体だ。つるりと光を反射する見た目と違って、手触り、つまり実際に読んでみると以外とざらりとしている。
それはアリスの成長に伴う孤独感であり、蜜蜂の自覚している甘えであり、蜜蜂の兄の意地悪さというなの庇護である。
美しい仮名遣いと文体に紛れて、彼らのそれぞれの思いは布目の荒い生地のようにそこに存在していて、読む者を驚かせる。
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