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シリーズ5冊目になる今回は、なんとなく岩井自身が体験した話が多いような気がする、というか私が岩井自身の体験が強烈に印象に残ったということか。
とりたてて「この話怖い!!」と思ったものはなかったものの、これを読み始めたあたりから頭は痛いわムカムカするわ腰は痛いわで大変だった。低気圧のせいかと思ったがそのせいだけでもないらしく、普段はホラーを読んでもビクビク怯えたりしないのに今回だけはだめだった。ベランダに続く外の闇が怖いし、電気のついていない廊下が怖い。小学生にでも戻った気分だった。
特に霊障にあった、というわけではないが、なんとなくすっきりしない。この状態で寝たら悪夢を見そうでそれもまた怖い。
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現代百物語シリーズ第七弾。今回は「やばい怖い」と思う強烈に印象に残った話が二つあった。

岩井が誰かに話しかけられた時に、小説家だとばれていない場合、自分からは名乗らない時期があった。少しだけ知っている畑の人間になりすまして、嘘の経歴や愚痴などを言う。それを常としていたが、とある国で老人に話しかけられた時に、立て板に水のように滔々と架空の人物になりすましてしまった。老人はその話を聞いて……。(第六十八話「なりすまし」)

幽霊を乗せたタクシー、という怪談はよく聞くが、タクシー運転手の間でも「知り合いの知り合いが」と実体のない怪談が回っているそうだ。その日岩井が乗ったタクシー運転手もそのような話をしたが、「実際に幽霊を乗せたって運転手に会いました」と話が切り替わる。それは運転手がとある国に行ってタクシーに乗った時に、ドライバーが話したものだった。(第七十四話「臭いタクシー」)

このふたつが私の恐怖ポイントにビシバシときた。他の方は何が恐ろしく感じられるのか。



第8弾の「現代百物語」シリーズ。今回は99話まで入っているものの、続き物の話が多い印象だ。
語り手が嘘を嘘だと思っていない話がすごく多いな、という印象。おそらく本気で「見た」「体験した」と思っているのだが、それが妄想だったりする話なのだろう。
個人的には「お向かいの老婦人に嫌がらせをされている奥さんがびっくりする復讐をする話」や、「昔鉄道員をしていたと突然話し出した祖父の見た死体の話」など、内容が二転三転する話に興味が出た。
このシリーズ私は大好きなのでいつまでも続けて欲しいのだが、そろそろ角川ホラー文庫での岩井のこれ以外の新作も読みたいところである。




どんな平凡な人生を送って来た人間にも、日常の歯車が噛み合わなくなる瞬間はきっと来る。
ここに納められた5編は、「何気ない日常からささいなきっかけで逸脱してしまう女達の話」をまとめたものだ。
それは本当に簡単なきっかけで、例えば噂話が好きな人物がそれを誇張しすぎることにより足を踏み外したり、例えばいじめられっ子が嘘をつくことで自分を鼓舞し過去を知られるのを恐れたり、本当に日常的なことなのだ。
このホラーは現実の世界でも起きている。
読み終った時に、まるでもう一段階段があると思っていたのにそれが存在しなくて、思いっきり床を踏んだときのように腹の底からふわっと怖気がやってくるのだ。




とある業界を跋扈する「女」について語られた怪談仕立てのエッセイ。
その女は突如近づいて来て、優しい素振りをみせる。そしてまんまとマネージャーにおさまるが仕事は全くできず、むしろ雇い主より自分自身を売り込み、継続してソープの仕事をし、肌は荒れ、華麗な交流関係を自慢するもののその裏付けは無く、突然「あなたは霊に憑かれている、除霊しなきゃ」と大金を奪おうとする・・・。
どこにでも居そうな電波女ががっちり集合体になったかのような「あの女」。これが現実っていうんだから世の中は怖い。




「○○の部屋」と区切られた短編が10編収録されている。どの作品も一人称で物語が語られ、登場人物の独白を繋ぎ合わせて結末を知る事になる作りとなっている。
アイドル、それも裏のアイドルと呼ぶ、自分が悪意を向けていながらも愛でるいわゆるフレネミーな関係を描く「偶像の部屋」や、AV嬢の堕ちていく様を描いた「地下の部屋」など、様々なテーマのものが収められているが、私が一番「この話はすごいな」と感じたのは、三話目の「異郷の部屋」だ。
ありふれたといえばありふれた、女性になりたいと願う男の子、その兄、そして男の子の彼氏、という登場人物が、作中作の「虎が煙草を吸っていた頃・・・」という出だしで始まる彼氏の語る話の登場人物と重なる。その描き方だけでかなり好みだったのだが、なによりも結末。収録されている作品全てが意外な結末を迎えるのだが、この作品はきっちりしたオチよりも、登場人物のもつファジーさを表しているような結末となっている。
少々表紙が不気味なのが難点だが、面白く読む事ができた。




岩井の小説「岡山女」をコミカライズした作品。
妾のタミエは、仕事が上手くいかなくなった旦那、宮一の起こした無理心中騒動によって左目を失ってしまう。生死の境をさまよったタミエの左目には、その日からこの世のものではないものが見える様になった。
そのタミエを主人公として三話掌編が収録されている。
個人的に好きなのが、二話目の「岡山清涼珈琲液」だ。詳しく述べてしまうと、小説も漫画も展開にわくわくすることがなくなってしまうので省略するが、なんとも切なくて愛おしい話である。ともすればドロドロのベタベタの話になってしまいがちなのを、岡山言葉と時代設定、この世でないものを組み合わせて、ストーリーに矛盾なく空想を膨らましていける作品となっている。
四話と五話が収録されていないのが残念といえば残念か。あとがきでも述べている様に、続きは小説で。




「朝」「暗闇」「永遠」の三章からなる、幸せとは何かを描いた作品。「朝」では香奈子という平凡なOLが主人公。友人の誘いで出た合コンで今井という男性と知り合い、恋仲になる。その今井の奥さんが「暗闇」の主人公。離婚して単身東京で働き、TVに出演している。「永遠」の主人公はその娘だ。
三者三様の思想を上手に紡いで、更に視点の置き方がとてもいい。特にそれはラストの章、「永遠」でぐっと生きている。岩井の娘も美織のようなしなやかな娘に育っているのだろうか、とふと思わされた。それはきっと岩井の願望なのであろう。




幼い頃に盲いた”僕”は、昭和という時代のなかにいた。まぶたの裏を駆け抜けるのは、最後に見たと記憶している風景。薄墨色の低い空、湿った庭、蜻蛉が乱れ飛んでいた稲穂の波、ちくちくと肌を刺す畦でゆっくりと首を振っていた、白黒斑の子牛。彼方を行く極彩色の葬列。荷車の轍に溜まった水に溺れていた単色の蛾。
奇妙な講談師の真似をする男と、甘いおしっこの匂いがする女の子、そして姉さん。僕の世界は、姉さんの働いている小料理屋に逗留しているという女作家の原稿によって、ますます狂おしくなっていく。
官能と幻想を幾重にも織り込んだラストには、とびきりの結末が待っている。




とてもテンポよく読めた。
岩井が原点に立ち返って、明治の初めの岡山を「瞽女」という盲いた女たちをキーワードに描く、意欲作。
視点が三点あり、瞽女頭のすわ子、按摩のイク、そして「自分は初めは目が見えていたのではないだろうか」と、疑念を抱くお芳。この三者の視点が、物語の横幅を非常にたっぷりと豊かに見せてくれる。すわ子とお芳だけを中心に据えても物語は成立したのであろうが、イクが加わることにより、恐怖がよりくっきりと描かれているのだった。
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