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夏至の長い陽気の中で、この本を読んだ。

舞台は初夏、とあるアパートの一室。一組の男女が、スーツケースをテーブル代わりに最後の酒宴をしている。翌日になったら二人は右と左に分かれて、それぞれ別の生活を始める。それが決定的な別れになることも二人は予感している。
そして、その別れの起因ともなった、とある男の死について二人は想いを巡らせる。これは一人の男の死についての物語であり、一枚の写真についての物語であり、数奇な運命の男女に対する物語でもある。

二人は双子のきょうだいであり、お互いに恋愛感情を持っている。
それを口には出さないが、これは異性に対する愛情だと確信している。
本書の構造は章ごとに男女の視点が入れ替わり語り手が変わる、というものになっているが、「ヒロ」「アキ」と呼び合う二人には親密な空気が漂い、読み進めると二人がきょうだいだということが分かる仕組みになっている。
そして、とある男とはふたりの父親のことである。
ふたりが身分を隠して男がガイドするトレッキングに参加する。そこで起きてしまった不幸な転落事故。きょうだいはお互いに「相手が男を殺したのではないのか」という疑念を抱くようになる。
ミステリと近親相姦的な禁断の愛、というものをうまく重ね合わせて、読み進めるたびに新たな謎が頭を擡げてくる。この構造も面白いのだが、なによりアキの恋愛観察眼と諦観のオーラがいい。ヒロにはない、「意志」を感じる。
冷酷で知的なヒロに対し、アキは冷静で直感の鋭い女性として描かれている。が、その実自分がその他の女と対して変わらない存在であることを自覚し、恋愛にのめり込めない自分を適度に恥じ、適度に距離をとってつきあっている。唯一のめりこんだのが「ヒロ」なわけだが、ヒロには境界を越える勇気がない。そのくせ自尊心は高くて、アキの関心が自分に向けられていることに満足する。そして恐怖する。
この作品の手法も設定の妙である。こうやって書かれた作品は、きっと読んだ者に衝撃を与えるのだろう。
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しばらく買ってはいたものの積んだままだったこの本を読んだ。
いやはや大変失礼しました。長編だとばかり思っていたらきちんと「怪奇」な短編集で、ぐぐっと引き込まれてしまった。

まず最初に収録されている「観光旅行」がずるい。
皆さんにも必ずあるであろう、幼い頃に聞いた童話とか伝説の類。
なんとその中でもかなり「つくりもの」な話の舞台が、実在するという。
主人公は奥さんとともにそこへの観光旅行に行くことに決めるが、ささっとバスに詰め込まれるし夜行だから外は見えない=どこにあるかはわからないし、疑問符がかなり浮かぶ。
だが観光を楽しみ、さあいよいよ一晩泊まったら帰るぞ、という際になって同室の男が「この村はインチキだ!」と騒ぎ出す。ファンタジックな伝説の「それ」はすべてつくりものだ、と告発するのである。

ここまでの流れも見事なのだが、ラストが完全に「恩田らしいな」という終わり方でゾクゾクきてしまった。
このような質の高い短編が大量に詰まっているのである。これでは飽きるわけがない。

恩田と短編といえば「常野物語」を思い出すが、それを踏まえた上でも素晴らしい作品となっている。




自伝的青春小説。小説家の楡崎綾音、ベースを弾く戸崎衛、映画が好きな箱崎一の<ザキザキトリオ>が過ごした「大学生活」という4年間、いわばモラトリアムとしての青春をそれぞれの視点で書いた小説だ。
綾音のモデルは言うまでもなく自身だろうし、ジャズ研に入っていた人間らしく衛もジャズをやる。唯一、一だけがモデルが居ないそうだが(対談参照)、私は箱崎一という登場人物に惹かれてしまった。
冷静で、温厚で、人を喰ったところがあって、柔和な笑みの中に一線を画すものがある。それだけでかなり魅力的なのだが、彼の思考回路が良い。「思い」という言葉が嫌い。映画監督になっているのにずっと映画が趣味だと思っていなかった。そんな彼と綾音の関係が非常にうらやましい。あくまで親しい友人であり、恋仲ではないという関係が。




そうか、「記憶の抹殺」かーー。
煽り文に記載されている、本書の最後に納められた「夜明けのガスパール」を読んでの感想は、第一声がこれだった。この作品に登場するミステリとは、全てが「記憶」というDNAで繋がってるような気がする。
東京を火の海にした大空襲の時に現れたという「木守り男」、死の本能を揺さぶる「悪魔を憐れむ歌」、過去に見た映画を忘れられない「幻影キネマ」、砂丘から宇宙という広大なモチーフを使用しつつトリックは印象の強い「砂丘ピクニック」。そして前述した「夜明けのガスパール」だ。
これら全てが、人間の「記憶」というものをテーマにしているような気がしてならない。読めば解るのだが、どうも人間のDNAには「懐かしい」だとか「見覚えがある」だとかの思いに対して、ただのその感情以外にも積まれていくなにかがあるようだ。そしてそれは数世紀後に「本能」という名前に変換され、人々の中では常識的な物事に変わっていくのだろう。

この作品の主人公は「月の裏側」に登場した「塚崎多聞」という、徹底した巻き込まれ体質で、でもそれを「そういうこともあるよね」で片付けられるちょっとつかみ所の無い男性だ。彼の周囲ではしばしば不思議なことが起きるが、それをあくまで「解決したい」と思うのではなく、「納得したい」と思って事件を眺める。そこに生じる距離感みたいなものが、作品の空気感としてそのまま出ているのだ。




丘の上にぽつんと佇む、古い家がある。庭には一本の樹が立ち、玄関からは石畳が続き、ドアを開けるとアップルパイの焼ける匂いが漂うーー。ここは、幽霊屋敷。
今までに何度も所有者を変えている(そしてその度凄惨な事件が起こっている)屋敷を舞台にした短編連作。ひとつひとつの作品に登場する人物は全て違う人物で、その一人称で書かれている。なにが良いって、その語り口が良い。幽霊を拒否しないが信じても居ない作家、惨たらしい謎の事件とされている殺人事件の主役である料理女の姉妹、床下に潜む少女と心を通わせる少年、たくさんの「住人」を説得して家を修繕する大工。どの話も巧妙に語られ、オチにたどり着くまで飽きさせないで読ませてくれる。
またこの作品に限って言えば、恩田の小説にありがちなワンダーなオチが少なく、安心して読めるのもいい。テンプレと言えばそれまでだが、やはり「幽霊もの」「屋敷もの」にはどっしりとした安心感が必要だ。
カテゴライズするとホラーになるのだろうが、どこかストレンジな切り口で読ませてくれるので、読後感がふんわりしているのも素敵だ。




恩田の初の海外旅行、イギリス・アイルランドの旅をメインとし、日本国内のビール工場の社会科見学も含めたエッセイ集。
この人は本当に飛行機がキライなのだなあ、としみじみしてしまう程に、エッセイの内容で飛行機の話に重きを置いている。もはや飛行機という名称も言いたくないらしく、「あれ」と言っている始末だ。
イギリスやアイルランドでも、とにかく恩田はビールを飲む。あまりに豪快なので、私もビールが飲みたくなってしまった。国内のビール工場の話に至っては言わずもがなである。





久しぶりに恩田の書いた本格ミステリを読んだ。
何が素敵って、先の読めない展開なのに、内容が「嵐の山荘」モノで「クローズド・サークル」というところ。着想はありふれたものなのに、ぐいぐいと惹き付けるその筆力に脱帽。この人最近また文章が上手くなったんじゃないだろうか。デビュー時はオチがファンタジー的なものが多かったのに、同じ曖昧なオチでもこちらはきちんと納得させる力強さがある。

井上が訪ねた洋館には、老人達が彼の到着を今か今かと待っていた。峠昌彦という映画監督の幼少時代を語らせる、という名目だったが、井上にはもっと重要な企みがあった。しかし洋館には予定外の訪問者が次々と訪れ、朝霞家を巡る謎はどんどん増えていく。長姉である千沙子の湖での不審死、峠昌彦の父親は誰なのか、そして嵐の夜にガラスに映り込んだ亡くなった筈の千沙子の影——。真実は一体なんなのか。

千次のキャラクタと小野寺のキャラクタ、そして更科の敏腕さがお気に入りの作品である。



地球のどこかにあるV.ファーという島。そこはかつて英国領であり、日本人が移民した土地であり、先住民族との併合が行われた魅力的な島だ。国旗はユニオンジャックの赤と青を反転したもので、人々は「ヒガン」を行うためにアナザー・ヒルで「お客さん」と呼ばれる死者と過ごすーー。
本国を騒がせた「血塗れジャック」の被害者はヒガンに現れるのか、「血塗れメアリ」こと黒婦人の亡くなった五人の夫はやってくるのか。東京から親戚がいるため研究に訪れた文化人類学を専攻しているジュンは、アナザー・ヒルへと向かう。そして水路の入り口にある大鳥居には、死体がぶら下がっていた。
ミステリとファンタジーのミルフィーユのような読み口に、うっとりとしてしまう。とてもいい時間を過ごせた。




舞台の幕があがる。何かが起きる。
恩田が描く二人の天才少女が挑むオーディションの話。とにもかくにもスピード感がすごい。最後の方では「読まされた」という気持ちがどこまでも残っていた。週刊連載ということもあるのだろうが、どうなるんだこの先、という思いが頭から離れなかった。
三部作のうちの一作目であるらしいので、残りの「ダンデライオン」「チェリーブロッサム」が楽しみである。
天才少女佐々木飛鳥と、サラブレッド東響子の舞台上での駆け引きは、手に汗握って食い入るように読んだ。本当に続きが楽しみである。




恩田陸の中南米紀行文である。ところどころで入る、その土地を舞台にしたエピローグが面白い。オルメカ文明を下敷きにマヤの遺跡、インカ帝国の遺跡、マチュピチュなどを旅するのだが、なんとなくうなずけてしまう描写が多いのが特徴だ。この紀行文に入っているエピローグのうちのひとつでも小説になってくれたら、と夢想してしまう。
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