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基本的に人からもらった本はなんでも読む。話題になったこの本だが、私は買っておらず、「バザーに出そうかと思ってたんだけどカバーもないし買う人いないよねえ」というから引き取った。

物語は健太郎という青年と姉の慶子の電話から始まる。
「祖父のことを調べたい」。
祖父とは現在家にいるおじいちゃんではなく、おばあちゃんの前の夫だった人だ。
名前は宮部久蔵。
そこまでわかっていれば、戦友会などのつてを辿って話を聞くことは可能だった。残念ながら生き残りは少なかったが。
姉は「この話をまとめて母にきちんと伝えたい」という。
バイトとして健太郎は老人たちの話を聞き始めるが、聴けば聴くほど宮部という男がわからなくなっていく。
が、宮部は確固たる信念のある男、ということは理解していく。臆病者と呼ばれても「家族の元へ生きて帰りたい」とつぶやいた彼は、一体どんな飛行機乗りだったのか。そしてどんな最期を迎えるのか。

とてつもない情報と攻撃戦の中で、宮部が唯一曲げなかった信念を、読者は最期まで読み切らされることになる。そして待っていた祖父の告解は、とんでもないものだった。
戦争というものをこういう側面から描いた作品は少ないのではないだろうか。多くの作品は大日本帝國万斉になるか、戦争はよくないよ、になってしまう。が、この作品はそのどちらとも違う。読んだ人間に、宮部というひとりの人間を通して疑問符を投げかけるのである。
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森鴎外の自伝的小説で、主人公の金井君が生涯に体験した性的な事柄などを書き連ねたものになる。
しかし、全くと言って生臭くなく、性的なことをモチーフに書いているのにまったくエロスを感じない。これは鴎外の作品にみられる特徴が大々的に出たものであると感ずる。つまり、「過不足なく書く」という特徴だ。余計なものや誇大装飾をせず、最低限のことを、当たり前に書く。だから彼の文章は読み易い。
鴎外を読んだのは教科書に載っている『高瀬舟』以来なのだが、当時と抱く印象がだいぶ違った。それは書かれた時代に起因するものもあるとは思うのだが、なによりこの『ヰタ・セクスアリス』には道徳的な押し付けが一切ないところが好ましい。
個人的にはこの作品はあくまで「自伝的小説」であり、「ポルノグラフィー」とはまったく思わない。が、解説でもあるようにそう読む人間も当時は多かったようで、掲載誌の『スバル』は当時発禁処分となっている。これに鴎外は反発し、この作品はポルノとして書いたものではないと反論している。
この作品をポルノグラフィーとしてしまうのならば、セックスの描写がでる作品は全てがポルノグラフィーと言っても過言ではないだろう。それだけ、性的なことを書いていながら性の匂いがしない小説という、非常に珍しい作品だ。



黒髪の乙女に一目惚れした先輩の恋愛ファンタジー。4本収録されていて、春夏秋冬になっている。

「夜は短し歩けよ乙女」
他人の結婚のお祝いの席で黒髪の乙女と同席になり、彼女となんとか一晩飲もうと後をつけたりしていたらズボンは盗まれるわおっさんに絡まれるわで散々な先輩と、その反対に錦鯉を竜巻にさらわれているという借金持ちの東堂さん、羽貫さんという歯科助手さん、職業は天狗だという樋口さんなどと出会い楽しく一晩をすごす乙女。最終的に東堂さんと樋口さんの借金をかけて李白さんという金貸しと「偽電気ブラン」というお酒で飲み比べ。果たして勝負の行方は?
いやー面白かった。詭弁論部やら達磨と猫のバーやら描写が細くて読んでいてありありと情景が浮かぶ。

「深海魚たち」
下鴨神社の古本市の話。乙女と偶然を装って出会いたい先輩が李白さん主催の我慢大会で大活躍する。暑い夏に甘い天上水のようなラムネはさぞかし美味であろう。火鍋もちょっときになる。

「ご都合主義者かく語りき」
学園祭の話である。ひとりで満喫している乙女がゲリラ的に行われる演劇「偏屈王」のヒロインを演じ、それを追いかける先輩の命がけのパフォーマンスが素晴らしい。

「魔風邪恋風邪」
京都中を巻き込んだ風邪の猛威の中で、乙女だけが風邪をひかずに見舞いに引っ張りだこ。天狗だという樋口さんまで風邪にかかるのだからこの風邪はどこかおかしい。先輩もちゃっかりひいてしまって寝込んでいる。その風邪の大元を絶つために乙女が奮闘する話。ラストではちょっとした進展が…!?

いやー、どの話も面白かった。言葉のリズムがいいのでぽんぽん読んでいける。
四畳半神話体系も欲しいんだよなあ…。




ここに描かれている話は、決して水木が体験した話ではない。
しかし、彼自身にもある「戦争の追憶」が絶妙なスパイスとなって、様々な「敗走」の味付けをしている。
漫画のあとがきを見ればわかるのだが、どの作品も種を明かしてしまえばなんてことはない。
後世まで伝わる美談というものも少ない。そしてそれにももちろん裏がある。

しかし、人間というものは計算だけで動くものではない。
感情のない人間などこの世の中に存在しないのではないだろうか。
それは悲哀であり、人間の持つ苦悩だ。

諦めと悟りは似ている。
人は己の信念のためにしか生きられないし、死ねない。




作中作を二つ同時にとりいれながら進んでいく世界内包型小説。
とにかく読むのに時間がかかった。特殊な書き方をしているせいなのか、設定された条件が各話によってバラバラだからなのか、独特の文体のせいなのかはわからないが。
清涼院流水のJDCシリーズが好きな人にはあまりおすすめできない小説かもしれない。ミステリの体をなしていないという点ではどちらも一緒なのだが。




 舞城王太郎との出会いはいいものにしなくてはいけないと思っていた。知人が「一番好きな作家」と言っていたこともあるし、ネームバリューもある。だからそんなに読みにくいとは思っておらず、ちょっと変わった装丁のこれを選んでみたのだ。
 結論から言うと、文体がすごかった。勢いで読ませるって感じでめちゃくちゃなのだ。内容はないに等しい。境界条件が曖昧で適当にみえる。でも最後まで読んでしまえるのだ。これはすごい。
 とっても面白いとかではないのだが、なんだか気になる作家である。




 非常に面白く読めた。世界には色々な伝承があるのだなあとぺらぺらと読み終わってしまった。




 地元の妖怪が五つも載っていたので満足。その他にも怖い妖怪は沢山居て、もちろん愛嬌のある妖怪だって沢山いた。子どもの時に読んだのとは感じが違って面白かった。




 いやあ、面白かった。水木の絵のタッチもさることながら、出てくる妖怪全てが興味深い。鳥の妖怪には必ず火がまつわるなんていうのもよいネタになりそうで、ニヤニヤしてしまった。



 私が読んだのは文庫ではなかったのですが、アマゾンになかったのでこちらで紹介させて頂きます。
 いやあ、面白かった。天使たちのプロフィールの他に、「天使を紹介して堕天使たる悪魔を紹介しないのは片手落ちというものであろう」と悪魔たちを紹介し、天の国を紹介し、偽書であるエノク書から数々の引用をし、黙示録までカバーするお得感満載の一冊である。これ資料として一冊欲しいぐらいだ。スウェーデンボルグの天国についての記述がのっているのも、イスラム教の天使が掲載されているのも興味深かった。
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